ぱーるの日記

書評を載せると思います。

良い文章は、「心」からはじまる。―書評【辰濃和男『文章の書き方』】―

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①とにかくたくさん見て聞いて読め

②読み手の側に立て

 

ひっじょ~に大まかに言えば、辰濃の主張はこの2点です。

姉妹本である『文章のみがき方』も同様の主張です。

 

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 小学生の頃は読書感想文、大学生になったらレポートや論文、社会人になれば上司に報告書を提出しなければならないときもある。人として生きていれば、文章を書くことは自然と付きまとってくる。ただ、どう書けばいいのか、何を心がければいいのか、疑問に答えてもらった覚えは、僕には無い。つまり、どのように文章を書いたらいいのかはわからないまま文章を書いて来たのである。辰濃和男は「文は心である」を出発点とする。そして、そこから、わかりやすい文章を書くために、気をつけること、日ごろから心がけるべきことを浮き彫りにしていく。

 辰濃が考える「心」とは、「なんとしても相手に伝えたい情熱」と「相手の側に立つ心の営み」(p.103)だ。言い換えれば、情熱を持って伝えたいと思う素材を見つけ、それを相手のことを考え、伝わりやすいように文章にした時、初めてわかりやすい文章が出来上がる。

 どのように素材を見つけたらよいだろうか。自分の目で観て、耳で聞くことで、外の世界を直に観察する力を身に着けよう。世界を直に観察するためには、先入観に囚われないことが大切である。また、観方だけでなく、観る量も大切だ。なぜなら、対象を見つけなければ書きたいという情熱は生まれてこないからだ。様々な思いを抱いて生きている人々から学びを得る。自分とは全く無縁の世界の本を読むのもいい。

 こうして得られた素材を、どのように文章にしていくか。「相手の側に立つ」とは、自分の情熱をわかってもらうようにする作業である。そのためには、平易で、情景がすぐに思い浮かぶ言葉を使い、比喩をうまく用いることが必要だ。また、自分の文章が読者からどう見えるか点検することも大切だ。文章が社会に影響を与えるものであることを鑑みれば、社会が偏っていないか、書き手が確認することも大切だ。具体性を大切にすることは、自分の情熱を正直に文章化することに繋がる。ものごとをゆとり持って眺め、素直に表現することで、品のある文章になる。品格は小手先の技術を超えたところにあるものだ。

 相手の側に立てば、よりわかりやすい文章が望ましい。そこを目指すため、書き手は文章を推敲する。文章を正確にするため裏付けを取る。これこそ伝えたいと思う情熱以外は文章からそぎ落とす。そして、黙読や音読を通じてすらすらと文章が流れているか確認できれば、わかりやすい文章になっていると言えよう。

 辰濃がこれほど「心」を重視しているのはなぜだろう。本書の姉妹本である『文章の磨き方』でも、技術よりも「心」が大切と言っている。英語が苦手なおじいさんがニュージーランドの牧場にホームステイした時のことを想像し、「伝えたい切なる思いさえあれば、英文法なんかは二の次(p.86)」と例えている。

 それは、辰濃が裏表の概念があった時に、裏を重視する思想を持っているからである。「私たちはふつうそれほどの理由もないのに、陽が主で陰が従だとか、実が主で虚が従だとか、緊が主で緩が従だとか、そういうふうにきめつけがちだ。(中略)本音をいえば、私は光よりも闇、陽よりも陰、実よりも虚、緊よりも緩、作為よりも無為、色よりも空などが、よほどこの世の仕組みをつくるのに大切な役割を果たしているはずだと思っている(p.157-158)」。人は働くことで休む時間を得て、休むことでよりよく働く知恵やエネルギーを蓄える。辰濃は、現代人が動よりも静、あくせくよりもぼんやりを重視すべきと『ぼんやりの時間』で主張している。

 「心」は「知識・感情・意志の総体。『からだ』に対する(広辞苑)」と定義される。手を動かして文章を書いているのだから、その動きの主体は「からだ」である。「心」は文字として具体化されない。具体的に見えないからこそ、どう強化していいかわからない。だからこそ、我々は「こう並べれば上手い文章が書ける」と言ったような技術論に安易に走ってしまうのである。

 「からだ」は目に見え、「心」は見えない。目に見えないからこそ「心」を重視するべきだと辰濃は主張したいのである。小手先の技術論は目に見える文章は改善できるかもしれない。だが、これこそ伝えたいと思う情熱や相手の側に立つ気持ちに技術は通用しない。「心」を磨かない限り、本当に人の心を打つ文章は書けないのである。

 

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 余談ですが、谷崎潤一郎『文書読本』が『書き方』『みがき方』のネタ本っぽいといつも思っています。

 

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